阪神タイガース5・9代目監督・藤村富美男(ふじむらふみお)について。サヨナラの場面で「代打、オレ」と言って豪打を放つ離れ業は、藤村富美男にしかできない伝説の1コマです。

阪神タイガースがイチバンや〜!!

■ 歴代監督の栄光と挫折

■ 藤村富美男(ふじむらふみお)

◎ タイガース5・9代監督

★5代監督、1946、59勝46敗0分、勝率.562
★9代監督、1955-57、207勝144敗6分、勝率.590

初代・ミスタータイガースの藤村富美男が初采配を執ったのが、
終戦直後の1946年。兼任監督として3位の成績に終わります。
翌1947年は電撃復活の若林忠志が監督に、藤村富美男は選手に専念します。

再び指揮を執ることになったのは1955年。
ノンプロ監督・岸一郎を監督の座から引きずり下ろし、
プレーイングマネジャーとして第9代監督に就任します。

監督となってからもファンへのパフォーマンスを忘れない藤村富美男は、
サヨナラの場面で「代打、オレ」と言って代打逆転満塁弾を放つ離れ業を披露!
藤村富美男にしかできない伝説の1コマでしょう。

しかし、監督本人があまりにも『オイシイ』場面で代打に出すぎたり、
ヒットエンドランを多用する戦術に選手団が大きく反発。
1956年、金田正泰主将ら1軍メンバーが球団に更迭を申し入れる事件が勃発します。

藤村富美男監督排斥問題」と呼ばれる一連の騒動は、
球団の擁護を受けた藤村富美男留任となりましたが、
選手たちとの禍根は拭いきれず、結局1957年に監督を退きます。

指揮を執った4年間で優勝こそないものの、全ての年をAクラスでクリア。
「名選手、名監督ならず」の格言が使われることが多いですが、
監督としての成績は決して悪いものではないでしょう。

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