1976年1月28日、阪神と南海による2対4の大型トレードが成立(阪神:江夏豊・望月充 南海:江本孟紀・長谷川勉・池内豊・島野育夫)。

阪神タイガースがイチバンや〜!!

■ タイガース四方山話

■ 江夏豊放出…

◎ 2対4の大型トレード

1966年ドラフト1位で入団した江夏豊は、オールスターで初の9者連続奪三振を記録、
1972年まで6年間連続最多奪三振、最多勝利投手、最優秀防御率、
完封44試合を含む159勝を記録し、10年に1人のピッチャーと言われていました。

しかし、2年連続で成績イマイチだった1975年の契約更改交渉が難航すると、
『南海・江本孟紀とのトレード話が進行している』という噂が流れます。

当初、これをデマだと全面否定した球団でしたが、
再び契約の話になると、25%ダウンを提示…。
飲めないならトレードだと非情の通告をします。

結局、江夏豊と阪神球団の契約更改交渉は決裂し、1976年1月28日、
江夏豊と江本孟紀の実績差が考慮された2対4の大型トレードが成立しました。
(阪神:江夏豊・望月充 南海:江本孟紀・長谷川勉・池内豊・島野育夫)

移籍後の江夏豊は、当時の南海のプレイイングマネージャーだった野村克也監督に、
「抑えの切り札として野球の革命児になってもらいたい」と言われ、先発からリリーフに転向。
同年、最優秀救援投手に輝き、リリーフ投手のパイオニアとなりました。

1977年の野村克也監督解任後は各球団を渡り歩き、広島で日本一2回、
日本ハムでリーグ優勝1回と大車輪の活躍。優勝請負人と呼ばれました。
交換要員だった江本孟紀らも活躍しましたが、正直もったいないトレード…ですかねぇ^^;

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