■ タイガース四方山話
■ 藤村富美男監督排斥問題
◎ 岸一郎監督就任とチームの混乱
監督復帰以来1度も優勝できなかった責任を取って松木謙治郎は監督を辞任。
助監督・藤村富美男、名将・藤本定義らの名前が挙がりましたが、
野田オーナーはプロ野球と全く無関係の岸一郎を監督に就任させます。
この素人監督に金田正泰ら歴戦の猛者を制御できるはずもなく、
藤村富美男にいたってはサイン無視するなど、タイガースは無政府の混乱状態に…。
岸監督は5月21日に病気治療のため、史上最短の電撃辞任してしまいます。
代理監督となった藤村富美男が、翌1956年に正式に兼任監督となります。
ミスタータイガースの監督就任で、一連の騒動も解決したかに見えましたが…。
◎ 藤村富美男監督就任
監督としてタイガースの指揮を執りはじめた藤村富美男は、
代打ホームラン・サヨナラホームランなど勝負を決めるバッティングで
チームの勝利にも貢献する活躍を見せます。
しかし、若手選手の起用法や度重なるヒットエンドランの乱用で
主将・金田正泰を筆頭に田宮謙次郎、小山正明、渡辺省三、大崎三男、
西尾慈高、徳網茂、石垣一夫、白坂長栄、三宅秀史、吉田義男、真田重蔵らが反発。
一軍メンバーのほぼ全員が「監督更迭」を申し入れる異常事態になりますが、
球団側は藤村擁護の姿勢を見せ、川上哲治などが仲裁に入るも平行線のまま…。
田中義一球団代表の辞職にいたっても事態は改善の兆しをみせません。
戸沢一隆が球団代表になっても球団側はあくまで藤村擁護の姿勢を見せ、
球団は打開策として、主将の金田正泰と真田重蔵を解雇してしまいます。
これで結束を強めた選手団は、一時全員退団も辞さずの構えで…
困りに困った球団は金田正泰の解雇を取り下げ、
選手団も来シーズンの藤村富美男の指揮を受け入れます。
それでも結局禍根は消えず、藤村富美男は1957年に監督を退き現役に復帰。
すでに42歳になっていた藤村富美男に往年の力はなく、
1958年11月30日、初代ミスタータイガースは現役引退を表明しました。
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