戦後最強のラインアップと謳われるダイナマイト打線の全貌。戦後のリーグ戦再開から歴史的爆発力を誇ったダイナマイト打線のメンバーについて。

阪神タイガースがイチバンや〜!!

■ タイガース四方山話

■ 戦後の再開とダイナマイト打線

◎ 戦後の再開

1945年11月23日、神宮球場の東西対抗戦から日本野球連盟再建がスタート。
タイガースからは、藤村富美男、門前真佐人、本堂保次、
土井垣武、呉昌征、冨樫淳が参加しました。

1946年にはプロ野球は本格再開。
新球団・ゴールドスターズ加え、8チームの総当り制が採用されていました。

◎ ダイナマイト打線の形成

我らがタイガースは、甲子園を連合軍の接収されていた上、
選手もわずか数人しか戻っておらず、野球経験のある社員を借り出すはめに…。
その中には後の球団社長・小津正次郎の姿もありました。

しかし、7月段階の打撃成績は打撃ベストテンに7人がランクインし、
若林忠志がプレーイングマネージャーとして復帰した1947年には
2位中日以下と大きく差をあけ、ダントツの強さでリーグ戦を制します。

更に翌年には別当薫、白坂長栄、後藤次男らが入団。
抜群の破壊力を持つダイナマイト打線として、
他球団の投手陣を震え上がらせました。

◎ 1947年ダイナマイト打線

1番:呉昌征、2番:金田正泰、3番:冨樫淳(シーズン途中から塚本博睦)、
4番:藤村富美男、5番:土井垣武、6番:本堂保次、7番:玉置玉一、8番:長谷川善三

◎ 1949年ダイナマイト打線

1番:呉昌征、2番:金田正泰、3番:別当薫、4番:藤村富美男、5番:土井垣武、
6番:玉置玉一、7番:後藤次男、8番:長谷川善三

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