球団誕生のエピソードから戦争の影響によるリーグ戦の1時休止まで。綺羅星のごとく集まったスター選手率いる石本秀一監督が2年連続日本一を達成!!

阪神タイガースがイチバンや〜!!

■ タイガース四方山話

■ 球団誕生とリーグ戦の1時停止

◎ 球団誕生

球団誕生は1935年12月10日。

大日本東京野球倶楽部(現・巨人)をスタートさせた
読売新聞社長・正力松太郎の要請を受けた阪神電鉄によって、
「大阪タイガース」として産声をあげました。

六大学出身のスター選手を集めた巨人に対抗するため、
法大のエース・若林忠志、明大の闘将・松木謙冶郎、立大の景浦将、
夏の甲子園を制した呉港中のエース・藤村富美男などそうそうたるメンバーが集結!

しかし、初代監督となった早大OBの森茂雄は、
ペナントレースがはじまった1936年7月に解任されてしまいます。

個性派揃いの選手たちを見事まとめたのは、後任の石本秀一。
広島商のベンチコーチとして全国制覇を果たした手腕をいかんなく発揮し、
最強の猛虎軍団の育て上げます。

◎ V2時代

1936年は巨人に1勝2敗と敗れましたが、
翌1937年の秋シーズンは7戦全勝と巨人を圧倒。

年度優勝決定戦で再び対戦した時(春秋2シーズン制)も、
沢村栄治、スタルヒンといった好投手を撃破し4勝2敗。
みごと、日本一の栄冠に輝きました。

1938年も決定戦に進出。
快腕・沢村栄治の速球対策として、通常位置の1メートル前から投げる打撃練習が奏功。
第4戦では、川上哲治も攻略し、2年連続Vを達成しました。

◎ 巨人の躍進と戦争によるリーグ停止

鮮やかなV2を達成したタイガースでしたが、
1939年から採用された1シーズン制となってからやや失速。

激化する太平洋戦争の影響(1940年にカタカナ名が追放され「阪神」に改名)もあって、
応召・出征する選手も増え、巨人の独壇場を許してしまいます。

ますます激しくなる戦争の影響で1944年9月26日にペナントリーグ打ち切り。
プレーイングマネージャー・若林忠志の活躍で優勝となりますが、
同年11月13日には、日本野球報国会の声明により、プロ野球は1時休止に…。

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